The society for promoting the international exchange of music loving children.


音楽を愛する世界のスズキの子どもたちの交流を促進して27年

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小さなスミレたち

ドイツ・オーストリア演奏旅行〜第4回すみれの会 欧州演奏旅行(1992年8月)

スズキ・メソードは国際語

 ドイツ、オーストリアからの招聘で三度目の訪欧をすることになり、東北地区ヴァイオリン科指導者の佐々木勲先生とソリストとしての江口有香さんら総勢45名で、16日間行ってまいりました(8月13日から28日まで)。生徒と母親は次の先生のクラスから参加しました。
神奈川の私と斎藤あかね先生、仙台の佐々木先生、長野の山下栄子先生、群馬の樋口ゆみ先生、静岡の村上祥子先生、東京の白嵐先生)。
 コンサートとしてはドイツで3回、オーストリアで1回です。この旅行はスズキの生徒たちの音楽交流と、ドイツ家庭にホームステイをしての文化交流と国際理解を願ってのものです。
1992-3.jpgロードガウの人たちとの楽しいハイキング スズキ・メソードという国際語で、世界中の音楽を愛する子どもたちが交流できることは素晴らしいと思います。今度もロートガウ音楽学校(生徒数2,700名)、シュトゥットガルト音楽学校(4,700名)と交流ができて、両校ともメソードに、とても興味と理解を示してくださったことは嬉しいことでした。両校長先生が先頭に立って我々の生徒の世話をしてくださったことに感謝しております。
 まずフランクフルトに飛び、ハイデルベルク城観光などで体調を整え、ホームステイ先のロートガウ市へ向いました。美しい古いドイツの町並みにうっとりしていると、ホストファミリーが大勢迎えに出てくださっている市公会堂に着きました。校長先生の手配でそれぞれの家庭に迎えられて行く生徒たちの顔は、不安と期待で一杯でした。同じヴァイオリンを習っている子どものいる家庭に泊ることはとても相互に有意義なことで、音楽理解・リズム・感性とか、違いを学ぶことができたようです。校長先生以下、各楽器の先生方もスズキを理解したいようで、「1987年のベルリン国際大会に参加した」と、写真まで持って来て見せてくれました。コンサートは満員の中、向こうの生徒とチェロも入っての「キラキラ星変奏曲」で終わり、楽しい演奏で大成功でした。

 ロマンチック街道を専用バスでシュトゥットガルトに向かう途中、 ローテンブルク城に寄り、有名な仕掛け時計、城壁からの展望、お土産店と楽しい一時でした。大都会シュトゥットガルトの中央にある音楽学校は大きな建物で、中にある寄贈者の名前がついたホール「ロバート・ブッシュ・ザール」で演奏です。練習をしている間に軽食を用意してくださっていた方が校長先生(ご婦人です)で、率先して面倒を見てくれました。遠方より来た異国の、音楽を愛する子どもたちを理解してくださる思いには頭が下がりました。ロートガウの校長先生もそうでした。私たちへの歓迎のためにコーラスの生徒をピアノの周りに集めて、歓迎の歌を練習していましたが、シューベルトに似た先生が生徒たちに接する姿と子どもたちの表情で、すべて分かりました。
1992-5.jpgノイシュバンシュタイン城 次の演奏地オーストリアのバートホフガスタインヘの途中、ヴァイオリンの町ミッテンバルトヘ寄りました。製作者「マティアス・クロッツ」が有名にした町で、中央の弦楽器博物館の前には、その銅像が立っています。「ドイツ一美しい町」と言われている通り、壁には画が描かれ、ケーキ屋にはヴァイオリンのケーキ、店にはヴァイオリン細工と、ヴァイオリン一色の落ち着いた町です。アルペン街道を走ると、有名な美しい城「ノイシュバンシュタイン城」です。中まで入ると大変な時間がいるので、ワーグナーを想い出しながら外からながめて記念写真で我慢です。オーストリアの国境を越えると山々がせまって来ます。
1992-2.jpg バートホフガスタインは、そんな山々の間にあるウィーン、ザルツプルク市民のための保養地です。ここでは800人くらい入る美しいホールで演奏する予定でしたが、音楽祭企画委員長が「それ以上は入るだろうから野外劇場ではどうか?」ということになり、全員で相談の上、決定となりました。野外コンサートの最多聴衆記録が876人(全コンサートの集計表をみせてくれました)ということで子どもたちと策を練りまして、1,000名の新記録を作ろうと誓いあいました。そこでプログラムを散歩道で手渡したり、お店の人を誘ったりしてがんばりました。開演の8時が近付いて来ますが、聴衆はチラリホラリで心配していると、委員長が「200枚もポスターを貼ったのだから安心しろ」と胸を叩くのです。

 5分前、何と会場は一杯になり、今度は委員長が「1,200名まで数えたが、もう数えきれない!」と眼を丸くしているのです。日本のお母さんたちが補助イスとして、点在している白いベンチを運んで来ても足りないのです。到るところ立ち見で聴いている人の拍手の中、無事にコンサートは終了し、止まない拍手のお礼にアンコールの「かすみか雲か」を演奏すると、どこからともなく口ずさむ声が聴こえ出し、歌声が沸き上がり、舞台の前まで人々が進んで来て大拍手です。OIK(ドイツ国際交流協会)の世話人、クッシェル・和子さんの「もう一度、皆さんで歌いましょう」の声で、ゆっくりと演奏しました。今度は1,500人の「かすみか雲か」の大合唱でした。歌声が山々に響き、小さな音楽使節たちは素晴らしい役を演じておりました。子どもたちにも一番想い出深いコンサートになったことと思いました。

すみれの花の根っこが、世界中で結び合う

1990-1.jpgモーツァルトの生家の入口にあるネームプレート 音楽の都ザルツプルクでは「モーツァルトの生家」を訪ね、ウィーンでは「中央墓地」「ベートーヴェン・ハウス」と名蹟を、夜はオーケストラの演奏会を十分に楽しみ、映画「第三の男」で有名な、大観覧車のある遊園地では、恐ろしい乗物でドキドキハラハラの一日でした。
 ウィーンからデュッセルドルフに飛び、すぐにドイツ・スズキの生徒たちと練習に入りました。ドイツ在住の椿先生・杉本先生が用意してくださっており、第1回日独スズキ合同コンサートに対する熱意が、ひしひしと感じられました。100名の生徒が何千キロ離れていても、昨日合わせたかの如くにピッタリと合奏できることは、スズキでは当たり前のことでしょうが、本当は驚異の出来事なのです。本当にスズキは音楽の国際語ですね。
 コンサートは作曲家シューマンの記念ホールで音響の良い、素敵な所で行なわれました。「ロシア・ウクライナ身体障害児センターヘのチャリティー・コンサート」で、日本総領事館・ドイツ文化省の方々のご挨拶があり、私たちの教室からの寄付金も少しは役に立ったことと思います。100名の日独スズキの生徒の演奏も素晴らしく、立派に弾けたと思いました。今後2回、3回と続けて行くことを先生方と遅くまで語り合い、両国のスズキの子どもたちの交流を大切に生かせる方法を確認しあいました。

 帰国してからも「また皆に会いたい」と言うので食事会をしましたが、全員から「ヴァイオリンが好きになり、音楽が好きになった」という言葉を聞くと、本当にうれしくなります。もっと上手になって、いろいろな人と交流したいと思っているようです。心のセンスの高さで友人一杯の、音楽好きの社会人が、私たちの目指す姿です。
 最後に、ある音楽家の言葉が私には忘れられません。「音楽は世界のすべての人々と分かち合い喜びあうものです。この小さな交流こそ、きっと大きな力になることでしょう。スミレは道端にそっと分をわきまえて咲いていますが、その薫りと気品は素晴らしい花なのです。まさに一生懸命がんばっている、この生徒たちこそスミレの花なのです。その根が世界中で結び合い、音楽の花を咲かせたいですね」
 5年も前のことですが、しっかり手を握って言われたことでした。
 どの子も育つ、どの子もセンスが育つ、どの子も立派な平和使節なのです。

→参加体験記もお読みください。