The society for promoting the international exchange of music loving children.


音楽を愛する世界のスズキの子どもたちの交流を促進して27年

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参加者の声


①2011年夏の「すみれの会」演奏旅行に参加して

菅生 毅(関東地区ヴァイオリン科 小林庸男先生クラス・父)

 我家では3人兄弟のうち上の2人がそれぞれ、「すみれの会」の欧州演奏旅行に参加し、得がたい体験を家で話していました。3番目の亮も同様にと考えていたこともあり、今回の参加となりました。貴重な体験を村上 豊先生は、「きらきらと光る宝石」と言われていますが、振り返るとたくさん持ち帰ってくれたのではないでしょうか。

人を育てる環境づくり

 付き添った親として、まず子どもたちの演奏を書くべきところですが、貴重な体験から始めたいと思います。眞峯紀一郎先生のご尽力により実現したバイロイト祝祭歌劇場見学とヴィンスバッハ少年合唱団は、その代表です。ワーグナー音楽祭直前準備中の祝祭歌劇場内見学は、普通できませんが、それに加えて多くの有名な指揮者、演奏家が演奏したオーケストラピットにまで入り、見学を行なったのですから、子どもよりも大人の方が興奮していたかもしれません。その歴史と重みを感じ、圧倒されました。
voice1.jpgアンスバッハでの演奏 ヴィンスバッハ少年合唱団は、名前こそ日本ではあまり知られていませんが、実力はウィーンよりも上。寄宿舎で、超一流の音楽性を備えさせつつ、一人ひとりを人間としてしっかりと育てて行く方針です。ウィーンの合唱団では声変わり前までですが、ここでは、声変わり後のバスも含み、その音域の広さも含めて、すばらしい歌声でした。一人の立派な人間を育てるために、音楽を含めた環境を大切にしており、その環境の大切さを再認識させられたと同時に、スズキ・メソードの考え方にも通じ、うれしい驚きでした。
 アンスバッハでは音楽祭に合わせて、「すみれの会」のほかにフランス、ロシアなどからも参加していたようでした。ロシアのユース・オーケストラの方々と話す機会があり、聞いたところでは、ロシア西部ウラル地方、チャイコフスキーの記念館の近くからの参加とのことでした。バスで30時間以上かけての到着だったとか。皆陽気で気持ちの良い若者ばかりでしたが、音楽にかける熱意と音楽に国は関係ないことも実感することができました。演奏旅行全体を通じて言えることですが、親でさえ音楽を通じて様々なことを感じ、考えさせられた貴重な体験となりました。

何かをつかめた子どもたち

 肝心の子どもたちの演奏ですが、今回はこれまでに前例のない4日連続4回の演奏。演奏会は夕方から始まるため、ホームステイ先に帰った時には夜11時近くになることも多く、日に日に疲れが溜まって行くのがわかりました。そのため、リハーサルでは今一つ精彩を欠き、先生方は気をもまれたのではないでしょうか。ところが、いざ本番では、「きまる」のです。それも日を重ねるほどに「きまる」のです。もちろん、慣れもあったのでしょうが、単なる慣れではなく、何かをつかんだのではないでしょうか。
voice2.jpgバイロイト日独交流演奏会を終え、バイロイト祝祭歌劇場の前で記念撮影をしました。スズキ・メソード一期生の眞峯紀一郎さんをはじめ、参加指導者の佐々木勳先生、飯室悠紀子先生、松井恭代先生、ピカリ直美先生、奈良龍二先生、梅村和子先生の姿があります。ゴールドコーストから指揮者B・ダビッドソン氏も6名の弦楽生徒とともに参加されました 最後の演奏会では急なプログラムの変更のために、予定していた曲を弾かない時の、「えーっ、何で? 練習したのに!」との予期しない反応には少々びっくりしたものです。それは、演奏を聴きに来た聴衆の方々が温かく迎えてくださった演奏会であったことも理由の一つかと思いますし、子どもたちが弾く楽しみを見つけたかのようでした。残念ながら日本で子どもたちの演奏会というと、どうしても成果発表会の性格が強く出てしまいがちですが、それとは異なり、聴いている方々はにこやかでリラックスし、曲によっては歌詞を口ずさんでいたりと、音楽を楽しんでいることがとても印象的でした。こんな演奏会が日本でも開催できたらばと感じたものです。
 演奏会後は、夕食兼交流会のパーティでした。バイロイトでは、教会での現地スズキの生徒との合同演奏会がありましたが、聴きに来た方々が持ち寄ってくださった手作りの料理やお菓子(一家族一品ですが、多くの方が来場したため、すごい数でした)でのパーティがあり、子どもたちは自作した名刺を現地の生徒たちと交換したりと、堅苦しくならずに、子どもたちなりに国際交流も楽しむことができたようでした。

これからも続いてほしい「すみれの会」

 眞峯先生のお話では、スズキ・メソードがクラシック音楽の本場では誤解されたこともあったようですが、今は理解が進み、発祥の地である日本からの生徒たちを暖かく受け入れています。夏休みの限られた期間ではありますが、音楽を通じて新しい友だちができ、様々な体験をできるこのような演奏旅行は、子どもたちにとって単なる楽しい思い出だけではなく、貴重な経験であり、今後も続くことを願っています。
 最後になりましたが、このような機会を企画準備いただいた村上先生には、特に御礼を申し上げたいと思います。そして同行くださった先生方、また現地では眞峯先生をはじめとしてOIK(ドイツ国際交流協会)の関係者の方々、現地でのコーディネートおよび常に付き添ってくださった吉岡さん、そして旅行社の水谷さん、さらに、ホームステイ先のご家族やアンスバッハ市の協会関係者の方々には、大変にお世話になりました。この場をお借りしてお礼を申し上げます。


②1992年夏の「第4回欧州演奏旅行(ドイツ・オーストリア)」の思い出

玉木郁子(関東地区ヴァイオリン科 村上豊先生クラス出身)

 いつも元気で笑顔をたやさない玉木郁子さんから、小学生の時に参加されたヨーロッパ演奏旅行の思い出が届きました。現在も村上先生が指導されているリベラトゥール弦楽合奏団に在籍しながら、チラシやプログラム作りに力を注ぎ、アンサンブルの楽しさを満喫されています。

人と音楽の密接な関係を、肌で感じた

「この曲は、大きな体をしたイタリア人たちが昼間からお酒を飲んで、陽気に歌って踊っている曲だよ」
tamaki1ノイシュバンシュタイン城の前で.jpg恒例の記念撮影をノイシュバンシュタイン城の前で行ないました。村上先生の前にいるのが、私です 小さな頃から、村上豊先生はレッスン中、曲にまつわるヨーロッパの話をたくさんしてくださいました。ヨーロッパって、なんて楽しくて素敵なところなんだろう! お話を聞きながら憧れはどんどんふくらみ、ヴァイオリンを弾いている間「私は今、ヨーロッパにいる」と妄想することが何よりも好きでした。
tamaki2演奏会後.jpg演奏会後のはじけた感じがわかりますでしょうか。右から3人目が私。お客様との交流が素敵でした そんな私がついに1992年、小学6年生の夏、「第4回欧州演奏旅行(ドイツ・オーストリア)」に参加できることになりました。日本での練習が始まった初夏から帰国する初秋まで、ずっと夢心地だったのを覚えています。旅行中には数えきれないほどの出来事がありましたが、とりわけ印象的だったのは、向こうで出会ったヨーロッパの方々のこと。tamaki3withホストファミリー.jpgホストファミリーの皆さんの温かなおもてなしも忘れられません
「家族も友だちもいない土地で開く演奏会なんて、いったい誰が集まってくれるんだろう」と不安に感じていましたが、演奏会が始まれば、毎回のように満席。お客さんの中には、当日の朝、道端で配ったチラシをきっかけに来場された方や、会場の前を偶然通りがかった方なども大勢いました。ヨーロッパの方々と音楽との、ごく自然で近しい関係に驚きました。
tamaki4ベネチアで先生方と.jpgヴェネツィアのゴンドラにのって、一番はしゃいでいるのが私です さらに舞台上から見ると、お客さん一人ひとりが、とびきりの笑顔なのです。日本だと、間違え探しをするかのような真面目な顔が並ぶのに……。緊張は吹き飛び、私もニコニコ顔で思い切り演奏できました。また、野外ステージで行ったザルツブルグ音楽祭では、「かすみかくもか」を弾き始めると、会場全体が大合唱! 夕暮れから夜空へと変わりゆく景色の中、体が震えるほど興奮したことは、一生忘れられない思い出です。
 あれから20年が経った今、社会人となり、演奏家とは違う道を歩んでいますが、欧州演奏旅行の思い出はいつも心の中でキラキラ輝いています。そして、目には見えないところで、私を支えてくれています。tamaki5モラッシーさんと集合写真.jpgクレモナでは、ジオ・バッタ・モラッシーさんの工房も訪ねることができました
願わくば、日本ももう少し、文化を愛する国になればいいのにな。楽しく笑って過ごせたらいいのにな。ヨーロッパへの憧れも、ますます強まるばかりです。

→村上先生のこの時の記事


③1995年夏、1998年夏の思い出

村井 優(関東地区ヴァイオリン科 村上豊先生クラス出身)

 さて、こちらも元気な村井優さんのご登場です。村井さんは、フリーのヴァイオリニストとして現在活躍中ですが、その原点は、どうやら「すみれの会」の欧州公演でのソロ演奏にあったようです。以下、村井さんからのメッセージをご覧ください。

人と音楽の温かさが、今も心の支え

murai6.jpg98年、ノイエンアールでの公演。前列右はじが私です 私はかつて2度、すみれの会の演奏旅行へ参加させていただきました。2回ともに小学生の多感な時期だったこともあり、思い出は今も当時の強烈な印象のまま、胸に刻まれています。
 ヴァイオリンの街を訪れたり、ホームステイをしたり。不思議とホームシックにはならず、ずっとここにいたいとさえ思っていた節があるのですが、一人、両親と離れて異国に滞在する不安からか、よく熱を出して皆様にご迷惑をかける困ったちゃんでした。
murai3.jpgいつも元気でした。どの街もとても鮮烈に覚えています 当時の小学校は英語の授業があったわけでもなく、私たちに分かる英語はYES・NO程度。ドイツ語だってDanke・Bitte・Guten Tagの3つくらい。買い物も宿泊先の方とのコミュニケーションも、すべてジェスチャーで乗り切っていました。
 そんな中、言葉も分からないのに現地に友だちができたり、公園で知らないおじいちゃんやおばあちゃんたちにお菓子をもらったり、今思い返すと不思議な思い出がたくさんあります。生来の脳天気な性質が幸いし、先入観もなく触れ合えたのかもしれません。
 公演案内のビラを配る時も「よろしくお願いしまーす!」と大声で叫びながら駆け回りました。
 地元の方々に囲まれて、頭を撫でられながらその目を見ていると、みんなが「楽しみにしているからね、がんばってね」と言ってくださるのがなんとなく分かるような気がしてきます。
 日本とは違い、みんながビラを我先にともらってくださることが嬉しくて、人の分まで奪うように配っていました。ホールが超満員になった本番、自分がビラを渡した方々が客席から手を振ってくれたり、微笑んでくれたことがどれだけ心強かったかしれません。
 あの演奏旅行で感じた、人と音楽の温かさは今も私の心の中で大きな支えになっています。

ソロを弾かせていただいて

murai1.jpg念願かなって「ルーマニア民俗舞曲」を弾きました 2度目のヨーロッパで村上先生から「ソロを弾かせてくださる」と伺った時、喜んだのもつかの間、弾きたい曲と違う曲を指定されて、実は大喧嘩になりました。先生から渡された曲はちょっと洒落た感じの小品でしたが、私が持って行くと主張したのは当時弾いていたバルトークの「ルーマニア民族舞曲」。
 先生には「本場のヨーロッパでそんな地の色が濃い曲を弾くなんて」、と猛反対されましたが、私はとても頑固でした。レッスンで渡された楽譜をわざと忘れたり、今思えば我が儘ですが「この曲弾きたくない」と言ってみたり。いただいた曲を私なりに弾き込んで、それでも駄目だったため最終的に母親が折れて先生を説得してくれましたが、考えに考えて絞り出した言葉が「この子、この曲嫌いみたいでして…」
その結果、「ルーマニア民族舞曲」を弾けることになり、村上先生には必要以上に気苦労をおかけしてしまったのですが、押し通して本当に良かったと思っています。
 みんなの代表としてソロの舞台に立たせていただくこと、そのうえ我が儘を通して好きな曲を弾かせてもらえることに並々ならぬ責任を感じ、すべてをかけて音を出すことができました。だからこそ、何でも吸収して変わっていくことができたんだと思います。自分が曲とともに成長していく感覚を初めて味わうことができたのもあの時でした。
 未だに、あの曲を弾くと当時の匂いがしてきて普段意識しても出せない色の空気や風を感じられる時があります。ヴァイオリンも今や大人サイズになり、響きも音色も違うのに不思議なものです。

思い出のすべてが、キラキラしている

murai2.jpg中央の白いカーディアン姿が私です。この仲間たちと貴重な体験をしました 2回目のヨーロッパから帰国して私は母に何度も「もう一生あんな楽しいことはない、2度と無理!」と言い切っていましたが、今もその思いは変わりません。
 1日1分1秒、とにかく充実が続き、朝から晩までの思い出のすべてがキラキラしていて息が詰まるほどでした。あんなに濃く、楽しい時間を過ごせることはもう一生ないと思うのです。それは年齢に関係なく支え合えた仲間のおかげでもあり、クラシック音楽の生まれた土地の魔法でもあったかもしれません。
 でも、やはり一番は、行かせてくれた両親・先生方・優しかった添乗員の小野さん、そして現地でいろいろな受け入れをしてくださったクッシェルさんはじめ、スタッフの方々の大きな愛情に守られてのことだったと大人になった今、そのご尽力の偉大さに感謝がつきない思いです。
 おかげさまで音楽の道に進み、音と触れ合う毎日の中で、あの頃のすべてが糧になっていることを実感しています。
 これからも、ぜひ繋いでいってほしい、そして多くの人に知っていってもらいたい大事な存在、それが私にとってのすみれの会です。

→村上先生のこの時の記事


④2007年夏の思い出

児玉亜希子(関東地区ヴァイオリン科 小林庸男先生クラス出身)

kodama1.jpg観光もたっぷり楽しみました。左端が児玉さんです 私は2007年のウィーン、チェスキークルムロフ、バートホフガスタイン、クロンベルグに行った「すみれの会」のツアーに参加しました。小さい頃から習い続けた、大好きなヴァイオリンを持って、ヨーロッパに行くことができたのは、私にとって本当にうれしいことでした。
 日本の気候とは違い、夏でも涼しく、湿度の低い中で奏でるヴァイオリンの音は、どこまでも響き渡るようで、とても気持ちの良いものでした。
kodama2.jpg教会の荘厳な雰囲気の中で演奏した醍醐味が忘れられません 街の中でカルテットで演奏している音大の学生さんたちに会うことができました。日本ではまだまだクラシック音楽は敷居が高いといわれますが、ヨーロッパでは街の中に音楽が溢れていました。
 この演奏旅行に参加して、異文化に触れる貴重な経験をすることができました。支えてくださった方々に感謝します。